マイケル・エンジェル

英語での日常生活にもさすがにもう慣れ、渡英当初のような英語での苦労というのはなくなってきましたが、とは言ってもそこは外国語、まれに母語では考えられないような状況に陥ることがあります。つい先日もこんなことがありました。
その日は水曜日、午後5時からは週一で外部から発表者が招かれる人気の保全セミナーがあります。
そろそろセミナーの時間も近づいてきたから今日の仕事を終わらせないと、と集中して画面に向かっていた4時半頃、この週は「驚くほど予定がない」と言っていたビルが私の部屋をのぞいて、
「○×*◇、マイケル・エンジェルに会いに行くけど一緒にくる?」
と早口で聞いてきました。
5時からのセミナーに行くからと言うと、彼もセミナーに行くついでだと言います。人脈の広いビルは科学者から政治家、芸術家まで様々な分野の人と会う機会も多く、話題が共通している場合など私にも紹介してくれることがしばしばあります。今回もそんなようなことだろうと軽い気持ちでついていくことにしました。
場所はと聞けば、セミナーの行われる地理学部の近くにあるフィッツウィリアム美術館と言います。美術館で人に会うとは珍しいな…と思いながらも、ケンブリッジとはそもそも珍妙な慣習が未だに多く残っている街です。まぁそんなこともあるかとあまり疑問にも思わず別の話をしながら美術館へと向かいました。
フィッツウィリアム美術館は、多くの美術品を収蔵・展示しているかなり大きな美術館です。以前行ったこともあったのですが、改めてこんなに広かったのかと感心しながら早足で歩くビルについて行きました。
いくつかの扉を通り抜け、とある大広間にたどり着きました。ビルは、「おお、これか…」などと言いながらある銅像の前で足を止め、じっくりと鑑賞し始めました。
あれビル?銅像なんて見ている場合じゃ…。セミナーの時間も迫っているし、早くマイケルさんに会いにいかないと…。
仕方なく自分も「ほほぅ…」といった感じであごに手をあて、とりあえず眺めてみます。その銅像は筋骨隆々の男性が豹にまたがって片手を突き上げているというもの。鏡に映したかのように似たものが二体並べられています。「この二体はどこか違うところがあるんだろうか…」などと間抜けなことを考えながら近くにあった冊子をペラペラとめくってみると、その銅像を作成したとされる著名な芸術家の名前が目に飛び込んできました。


Michelangelo …? ミケ、ミケランジェロ!?


ミケランジェロ・・・
ミケル・アンジェロ・・・
マイケル・エンジェル!?
そういうことか…。
ただ言わせてもらいますと、これが本当に英語の発音だと誰が言ってもマイケル・エンジェルに聞こえるんです…。「見る」と「会う」が同じ単語だったり、突然全く知らない人と引き合わされることも日常的にあったりするなど、いろいろな布石があってのことだったわけですが、それにしても見事な勘違いで我ながら笑えました。
実はこの銅像、つい最近大学の研究チームが様々な証拠からミケランジェロによる銅像の中で唯一現存する作品であると発表したということでした。
Michelangelo bronzes discovered
そう言われてみるとダビデ像と似ていたか…?などと安易に思ってしまう自分の鑑賞眼は、もう少し養いたいところですね…。

新年

2015年が始まりました。こちらでは冬は学期の中間で、1年の区切りという感覚はあまりないのですが、やはり日本人にとって年末年始の特別さはちょっとやそっとでは薄れないものです。
昨年一年を振り返ると、自分がどのような研究者で何を目指していきたいか、これまでになく考えさせられる機会の多い一年だったように思います。これまでは興味に基づいてできることは何でも経験と思ってやってきました。その結果、それなりにいい研究もできるようになってきたと思います。海外での生活も計4年半となり、一通りいろいろなことを経験してこちらの研究環境にもすっかり慣れました。一方で、中盤に差し掛かっている自分のキャリアと自分が目指す研究者像を考えると、本当の意味で自分の研究を通して科学や社会に貢献するために、まだまだできていないことが多いと感じています。こちらに来てから著名な研究者と接する機会も多いのですが、やはり本当に輝いて見えるのは、そういった影響力や発信力を持っている人のような気がします。
そう考えた際にまず感じるのは、本当に生物多様性保全の役に立つ研究をしていきたいということです。自分のバックグラウンドは生態学であって、もちろん未だに新しい現象やパターンを発見することに知的興奮は覚えるのですが、今はこれまでになく役に立つ研究がしたいと思っています。
学部生の頃から応用生態学保全生物学といった応用分野を自分の専門として研究をやってきましたが、どれだけ自分がこの分野の研究をしても本当の役には立てないのではないかということは、認めたくないながらもどこかで常に薄々感じていました。もっと具体的に言うならば、研究と実践、研究者と現場の間のギャップをずっと感じていました。イギリスに研究の拠点を移してから、生物多様性保全という学問の最前線でやっている人たちはそこをどう感じているのだろうと、興味をもって観察してきました。そしてこの4年間で、こちらの人たちもこのギャップには未だに苦悩していて、それでも真剣に真正面から取り組もうとしているということが見えてきたように思います。
例えば、research-implementation gapという問題があります。Knight et al 2008のタイトルにもあるように、まさにknowing but not doingという、得られている科学的知見と実際に行われていることにギャップがあるという問題です。
この論文が発表されてから7年が経つことになりますが、research-implementation gapは未だに多くの場面で議論される課題であります。Science-policy gapという言葉も似た文脈で使われますが、こちらは政策決定に対して科学が使われないジレンマを示しています。イギリスで言えば最近は、牛結核(bovine tuberculosis)の拡大を防ぐためにアナグマを駆除するという政策が科学的根拠に基づいていないとして、このscience-policy gapの典型的な例として知られています。同じgapという言葉では、information gapという問題もあります。そもそも保全のために得られている知見に事象や分類群、地域間で格差があり、多くの場面で科学的根拠を利用することができないという問題です。これはイギリスというよりも日本での方が大きな問題と言えるかもしれません。
こういった問題に正面から取り組もうとしているのが今の研究室ではビルやその共同研究者のグループです。詳しく知りたい方は最近のTREEに出た総説を是非読んでほしいと思います。現在の保全科学はどこまでできていて、何が足りなくて、その解決のためには何を目指していくべきなのか、明確に述べられています。
一方、もうひとつ私が身近で見ることのできている例は、食糧生産と環境保全の両立という問題です。農業と生物多様性保全という課題は、もはや古典的とも言えるような長らく注目されている分野ですが、世界の増加する人口や多様化する嗜好に見合う食料を生産しながら、環境に対するインパクトを考慮するという一見相反する問題は、誰もが目を逸らしたくなるような深刻な問題であります。この問題に真正面から取り組もうとしているのがアンドリュー・バームフォードとそのグループです。私が感じる彼のすごいところは、land sparing/sharingという概念を発展させたことだけでなく、この目を逸らしたくなるような問題に正面から取り組み、具体的な解決策を提示しようとしている姿勢です。Sparing/sharingという比較そのものはもちろん簡単に白黒はっきりさせられるものではないのですが、彼は今後も確実にこの問題解決のために先頭を走り続けるのだと感じています。
そんな人たちの取組みを間近で見られていることに加え、もうひとつ、役に立つ研究をしたいと切実に思うようになった理由として、自分が日本から来ているということもあるのかもしれません。日本の生活の豊かさ、便利さを支える環境へのインパクト、そして保全科学としての海外への貢献の少なさ、一方で東洋人だからこそこういった問題に対して何か違ったアプローチを生み出せるのではないかという希望にも近い想い。こちらに来ることでこういったことを考えるようになるとは想像していなかったのですが、それはより高い研究レベルの環境に身を置くという自明な利点以上に、保全科学者として得られた恩恵だと今は思います。
「役に立つ」研究、というのは何かと議論の的となりがちでもあります。科学は実利ばかり追求するべきなのか、基礎研究をもっと重要視しなければならないのではないか、等々。ただしかし、自分のような保全に携わっている研究者が、もっと真正面から役に立つ研究を志さなくてどうするんだ、とも最近よく思います。これまでのキャリアの中で自分の専門を何と言えばいいのか適切な言葉が見つからず、ずっと悶々としていたのですが、今では「保全科学」です、とはっきり言えると思います。私の中で保全科学とは、生物多様性や生態系サービスの保全という問題のために、アプローチは問わず科学的な研究を行う学問です。
というわけで今年もまた一年、保全科学者として新たな気持ちで様々なことにチャレンジしていきたいと思っています。皆様どうぞよろしくお願いいたします。

国際学会

4年に一度のInternational Ornithological Congress(IOC)が、いよいよ1週間後から東京で開かれます。4年以上前から日本鳥学会を中心とした多くの方々が費やしてきた努力が結集される大会で、大変楽しみにしています。私もChris Elphick氏と企画している “Rice fields as a model system for studying bird ecology and conservation” と題したシンポジウムで、鳥類と環境の異質性の関係について発表を行う予定です。

国際学会は通常それほど頻繁に参加できるものではありませんので、研究者としてやはり貴重な機会です。私にとっても日本での国際学会というのはEAFESを除けば初めてでしょうか。私がいつも国際学会に参加してよかったなと思えることのひとつは、世界中の研究者と生身で会えるという経験です。これは必ずしも実際に会話したという経験だけではありませんし、対象も著名な研究者だけとは限りません。むしろ自分と同じ研究分野に携わっている多くの研究者と同じ空間を共有した、という感覚かもしれません。発表内容自体から学ぶことももちろん多いのですが、特にIOCのような大きな国際学会でいつも強く印象に残るのは、これだけ多くの人が世界中でひとつの研究分野に情熱を注いでいるんだという実感です。これだけの情熱や労力が注がれていれば、これからもっと多くの面白い事実が分かって、世間にも伝わって、そして多くの重要な問題が解決されていくのではないだろうかと、科学の力を改めて信じられるような気持ちになれることが、私にとって国際学会の大きな魅力のひとつだと思います。

さらに、著名な研究者であれ、同世代の全く知らなかった研究者であれ、ひとりひとりの発表を聞いていくと、世界には自分では想像すらしていなかったような課題を研究している人もいれば、自分と同じ課題を想像すらできないような深さまで掘り下げているような人もいるということを、しばしば思い知らされます。そんな国際学会での経験は、何より自分の研究のモチベーションにつながり、今後の方向性を考えるための貴重な機会にもなってきました。

一方でそんな機会を前にして、何をすればいいのかというのは常に悩ましいところです。学会ではネットワーキングが重要という点に異論はありませんが、個人的にはやはりまず、自分の英語での発表準備に集中することを心がけています。こちらに来て英語で発表する機会が増えるようになってから、発表準備における英語の準備の大切さを益々実感するようになりました。研究の発表自体はさすがにもうある程度、どうすれば分かりやすくできるかなどは分かっているつもりです。しかし、どんなに研究内容が面白くても、発表資料自体はうまく作れたとしても、英語で伝えるという段階でうまくいかないという経験はとても悔しく残念なことです。そんな経験もあって、発表資料作りなど通常の発表準備とそれを英語で伝えるための準備は、どちらも同等に重要、むしろ前者には慣れているため後者の方がより重要であると考えるようになりました。

もちろん英語の準備というのはなかなか一筋縄ではいかないものですが、やはり最も大切なことは相手に伝えようという意識だと感じています。英語発表をする理由は、何かの課題や試験のためではありません。一番の目的は研究内容を多くの人に伝えることであり、実際に自分の発表を聴きに来てくれる人のほとんどは、本当に自分の英語のセリフとスライドだけを頼りに、研究内容を理解しようとしてくれています。それに応えるためには発表を形式的に英語にするのではなく、研究内容を英語で分かりやすく伝えるためにできることを考えるのが重要だと思っています。例えば、できる限り平易な単語や言い回しを選ぶ、セリフを読まなくて済むようになるまで練習する、発表中は過剰に発音に気を取られるよりもはっきりと話すよう努める、自分の研究の面白さを心から信じて伝えようとする、最後まで諦めず語りかける等々、ひとつひとつは些細なことではありますが、こういった準備や意識づけを少しでも多くできた時の方が、観衆に内容がしっかり伝わったという実感を持てるというのも事実です。

英語ネイティブの研究者を見ていると、母語が英語だったというだけで得だなと思うことは確かにあります。ただ一方で、英語を介して世界の様々な人とコミュニケーションを図れた時の嬉しさや充実感というものは、非ネイティブであるからこそ味わえるものだとも感じます。世界における日本の地理的な位置が、幅広い国際経験をする際の障壁になっていると感じることはしばしばありますが、その点日本で開催される国際学会は相手の方からやってきてくれるという絶好の機会です。今回のIOCに参加を予定されている方は是非、4年に1度のこの大きな国際学会、いい準備をして、自信をもって精一杯発表して、存分に楽しみましょう。

ツールドフランスがやってきた!

ツールドフランス、いよいよ今日が最終日です。もう3週間前の話となってしまいますが、ツールドフランスケンブリッジにやってきた熱狂の一日のことを少々…

かなり(1〜2年?)前にニュースを初めて知った時から、首を長くしてこの日のことを楽しみにしていました。ツールドフランスは以前からフランスの山岳ステージを見に行ってみたいと思っていたのですが、まごついている間に向こうからやってきてくれました(笑)。
ウィギンス、フルームというイギリス人がこの2年間連続で総合優勝していることや、カベンディッシュというスプリンターも活躍していることもあって、イギリスではここのところロードレースが大人気です。ツールドフランス側もその辺を踏まえてか、今年は開幕からの3ステージがイギリス国内を転戦というスケジュールとなりました。もっともイギリス中南部には大した山はないので、興行的な雰囲気がプンプンと漂ってはいますが…。

街は当日に向けて祝賀ムードです。様々なバナーやフラッグが町中に張り巡らされ、商店も独自の自転車カラーを押し出して応援しています。


キッチン用品・古本・服飾店

チョコレート、宝飾品

書店・何の店だったか…?

ワインショップ・ケンブリッジ大学出版

自転車ショップ・雑貨店・デパート
なぞのモニュメントも突如道端に登場
発表されたコースは、ケンブリッジ中心部の公園脇からスタート、カレッジや教会など歴史的な建物が並ぶまさに中心街を通って、南へ去っていく(ゴールはロンドン)というものです。当日は数十万の人が集結するという噂もあって、コースに挟まれる場所に位置する動物学部からは当日は正式な休日とするとのお達しもありました。
前日になるとスタート地点となる公園に続々と関係車両が集まり、ムードも高まります。

これは早めに行って場所取りをしなければということで、当日は張り切ってスタート4時間前に現地へ向かいました。
閉鎖された道路をスポンサーカーが通っていき、否が応でも雰囲気が高まります。

どうせ見るならケンブリッジで最も象徴的な場所で、と選んだキングスカレッジチャペル前。スタートの3時間半ほど前に到着すると、まだ人がほとんどおらず肩すかし…イギリスの中でも"学者"の割合が異様に高いため雰囲気が特殊といわれるケンブリッジ。ひょっとするとあまり盛り上がっていない…?と不安が頭をもたげてきました。

2時間前になって、ようやく人が集まってきて一安心。

観客は暇なので、通る人には誰彼構わず声援を送ります。よくわからない素人ライダーでも一躍有名人気取り。

1時間半前になって、いよいよスポンサーカーが登場。
キャラバン隊の投げるスポンサーグッズを楽しみにしていたのですが、ものすごくまばら…。全く手に入りませんでした。



マイヨジョーヌを始め各賞ジャージを着たミッフィーも登場。来年のスタート地がオランダだからだそうです。

15分前になると、いよいよチームカーが通り始めます。イギリスのチームスカイは大人気です。

5分前、公式カメラマンが目の前に陣取ります。ベストスポットだと証明されたわけではありますが、邪魔!

そしてついに・・・!

どーん!

第一ステージでカベンディッシュが落車・そのままリタイアしたため、国民からの期待を一身に背負うクリス・フルーム(しかし残念ながら2日後に転倒・棄権…)、そして結局この後ずっとマイヨジョーヌを守り続け優勝することとなるニーバリも見えます。
観客のボルテージは一気に最高潮へ。

わー!

わー!

わー!

…完。正味1分の出来事でした。
プロトンの後には各チームのサポートカーが通り過ぎて以上。

唯一の日本人選手、新城選手が所属するユーロップカー。本人は見つけられませんでしたが、今後も頑張ってほしいと思います。

一連の様子は、近くにあるセントジョンズカレッジや別の大学建物からも撮影されており、雰囲気が伝わるかと思います。
https://www.youtube.com/watch?v=Bit28c7XO0Y&feature=youtu.be
https://www.youtube.com/watch?v=s8y7cxUEfC8
https://www.youtube.com/watch?v=gYEMLaNIIp8
その後のステージはテレビ観戦で楽しみました。フランスの田舎街や山岳地帯を転々としていくその後のレースの雰囲気は、お祭り的なイギリスのステージと異なりさらに魅力的で、やはりいつかはフランスで見てみたいという思いを強くしました。

夏全盛

ワールドカップ、なかなか本来の持ち味を出せずにいますね…。渡英してから特に海外組の選手達には一方的に共感をもって過ごしてきましたので、彼らの気持ちを考えるとなかなか応えるものがありました。コロンビア戦、必ず悔いの残らないような試合をしてくれると信じたいと思います。
このところこちらはいよいよ短い夏全盛、という感じです。どのくらい全盛かというと、スーパーの一角がコーラで埋め尽くされてしまうくらい全盛です。

日本でも話題になった(?)名前入りコーラもありましたが、さすがに自分の名前は…

自宅には小さな庭があるのですが、庭師を雇って整えさせている英国風ガーデンとは似ても似つかない粗放的管理のため、春から夏にかけて、自生の種から以前の住人が育てていた栽培種も含めて、ものすごい勢いで様々な植物が勝手に育って花を咲かせます。そしてその花を目当てにやってくるマルハナバチの楽園のようになります。
Tree bumblebee
Red-tailed bumblebee
Early bumblebee
Southern cuckoo bumblebee(と思う…)
彼らのおかげもあって、今年は庭で育てたイチゴが豊作でした。

話は変わりますが、ここ2カ月程はいくつか貴重な新しい経験をすることができました。
まず、去年から担当をしていた学部生のプロジェクトが無事終わりました。最終的には計6人と、様々なテーマのプロジェクトを2学期にまたがって行いました。趣旨説明からデータ収集、Rの使い方や統計解析の指導、結果の議論、レポート執筆の指導、という一連のプロセスを経験したことは、大変ではありましたが、学生の成長だけでなく自分にとっての糧にもなったと思います。プロジェクト終了後には、成果の発表会や提出されたレポートの評価にも携わる経験をすることができました。学部生が最終試験とその後のパーティー三昧の日々を終えた今、このうちいくつかの内容を投稿論文化したいと思っています。こちらもまた公表となりましたらお知らせします。

今回担当した学部生達は本当に6者6様でしたが、やはりケンブリッジの学生ということもあってか、作業量やその効率、理解の速さや応用力、文章力など、全てではありませんが、どこかでキラリと光る能力を持っている学生が多いという印象を受けました。ケンブリッジの学部生はかなり高い割合でイギリス人なのですが、その教育の一端を世界中から集まってきたポスドク(場合によって大学院生も)が担っているというのは、イギリスにとって非常に効果的なシステムだと感じました。つまり、大学の研究環境が優れていることで世界中の研究者が自然と集まってきて、その能力が自国の学生教育に還元されるということになります。英語の存在、学問の歴史の長さ、ヨーロッパという地理的位置など、イギリスという国がもつ複数のアドバンテージの効果を実感させられたような気分です。

一方、もう一か月以上前のことになってしまいますが、初めての講義を行いました。急用ができたビルの代役で、Human Biologyという複数の教官が持ち回りで行うシリーズの一回分です。ここ二年程自分でも取り組んできた言語の多様性や絶滅リスク、また生物多様性との比較について、50分間話をしました。研究を始めた頃からいつかは講義をすることもあるだろうと思っていたのですが、まさか初めての講義が言語についてとは思ってもみませんでしたね…。人生分からないものです。自分の話を聞いて学生がメモを取ったりしているのを檀上から見るというのはまだ不思議な感覚ですね。特に今後他の講義をする予定は今のところありませんが、機会があれば是非経験をさらに積んでいきたいと思います。

最後に、今年初めに発表した植物フェノロジーと分布域変化の関係についての研究が、データの提供元であるWoodland Trustからプレスリリースされました。論文の公表は2月で、それに間に合うようプレスリリースの原稿も準備したのですが、よくわからない理由で延ばし延ばしとなり、結局4か月経ってのリリースということになってしまいました。いくつか新聞でも取り上げてもらったのですが、当日大学のメディアチームから電話があって、BBCラジオが是非話をしてほしいと連絡してきたと伝えられました。Cambridgeshireで流れるローカル番組ですが、電話での取材ですら大変そうだなと思っていたところにラジオです。かなり気が引けたのですが、せっかくの貴重な機会ということで、スタジオまで行って出演することにしました。

ケンブリッジ市内にあるBBCに到着すると、いかにもメディア関係者といった感じのプロデューサーがスタジオまで招き入れてくれます。イメージしていた感じのガラス張りのスタジオの中では、既にDJが番組を進行しており、PK戦でいつも負けるイングランド代表の精神的弱さについて会話が行われていました。プロデューサーは特にやることもないといった感じで、世間話をしながらリラックスしようとしてくれます。時間が迫り、数分ほど前にそろそろ…とスタジオの中へ。録音(?)の内容が流れている間にやはりDJが他愛もない話でリラックスさせてくれ、いよいよ合図とともに生放送に戻りました。DJがいかにもそれらしい口調で「イギリスの植物が…」と始めた時にはさすがに緊張のピークでしたが、その後5分ほど続いた会話では、基本的に事前に教えてくれていた内容をそのまま質問してくれたので、本当に助かりました…。会話を何とか終えると、その足でプロデューサーに促されて退席。終わってみるとあっという間でした。ビルや同僚も聞いてくれたようで後から感想を伝えてくれたり、自分でも聞いてみて改めて恥ずかしいような思いをしたりしましたが、またひとついい経験になったと思います。
さて今年の夏はいよいよ日本で国際鳥学会が開催されますね。あと2か月ほどとなりましたが、それまでにこちらでの仕事ももう一頑張りして、気持ちよく一時帰国を迎えたいと思います。

気候変動は主に生物間相互作用の改変を介して種に影響を及ぼす

Ockendon, N., Baker, D.J., Carr, J.A., White, E., Almond, R.E.A., Amano, T., Bertram, E., Bradbury, R.B., Bradley, C., Butchart, S.H.M., Doswald, N., Foden, W., Gill, D.J.C., Green, R.E., Sutherland, W.J., Tanner, E.V.J. and Pearce-Higgins, J.W. (in press) Mechanisms underpinning climatic impacts on natural populations: altered species interactions are more important than direct effects. Global Change Biology
気候の変化が生物種の分布や個体群動態に影響を及ぼしていることは既によく知られています。しかしながら、この影響がどのようなプロセスを介しているのか、統一的な理解はあまり進んでいません。この研究では、約150の研究結果をレビュー・メタ解析することにより、気候の変化は、当該種への直接の影響よりも、その種が関わる生物間相互作用を改変することによって種へ影響を及ぼす場合が多い、ということが明らかになりました。
例えばホッキョクギツネは、温暖化に伴うレミング(餌)の個体数減少やアカギツネの分布拡大によって大きな影響を受けています(Hersteinsson et al. 2009)。イギリスの北部・高地で繁殖しているヨーロッパムナグロの個体群は、餌となるガガンボへの影響を介して、夏季気温の上昇に影響を受けています(Pearce-Higgins et al. 2010)。
この傾向が種の栄養段階によって大きく異なることも明らかになりました。生産者では気温や水分量など、非生物的要因からの直接的なストレスが影響を及ぼす主なプロセスとなっている一方、第一次消費者では非生物的要因と生物的要因による影響が半々、さらに上位の消費者ではほとんどが生物的要因を介した影響となっていました。
今回の研究で重要性が明らかとなった生物間相互作用を介した気候変動の影響というのは、当然のことながらより複雑なプロセスであるため、研究面でも保全対策の面でもこれまでかけられてきた労力は十分であるとは言えません。今後はより注目が必要な分野であると言えるでしょう。
この論文は、Cambridge Conservation Initiative が提供しているグラントが基盤となった研究成果です。このグラントは、イニシアティブに参加している機関による共同研究が対象で、今回はBTOのジェームス・ピアース−ヒギンスが中心となり、IUCN, UNEP-WCMC, FFI, BirdLife, RSPB, そしてケンブリッジ大などCCI内の多くの研究者で構成された共同プロジェクトとして行われました。グラントを基に研究者が集まり、問題設定からレビュー、メタ解析、結果の議論、そして論文化、と短期間で研究を完成させるという流れは、いわゆる欧米の研究者が得意とする形だと感じます。その一員として一連のプロセスを経験できたことは大きな収穫でした。

ヨーロッパムナグロの群れ(Freiston shore, UK)

ジクロフェナク禁止以降のエジプトハゲワシ(Egyptian vulture)とミミハゲワシ(Red-headed vulture)の運命

Galligan, T.H., Amano, T., Prakash, V.M., Kulkarni, M., Shringarpure, R., Prakash, N., Ranade, S., Green, R.E. and Cuthbert, R.J. (in press) Have population declines in Egyptian vulture and red-headed vulture in India slowed since the 2006 ban on veterinary diclofenac? Bird Conservation International.
1990年台からインドやネパール、パキスタンなどの南アジアで、ハゲワシ類の壊滅的な減少が観察されました。例えば、ベンガルハゲワシ(White-backed vulture Gyps bengalensis)では99.9%以上、インドハゲワシ(Long-billed vulture Gyps indicus)と Slender-billed vulture(Gyps tenuirostris)では96.8%の減少が(Prakash et al. 2007)、同様にエジプトハゲワシ(Egyptian vulture Neophron percnopterus)では80%、ミミハゲワシ(Red-headed vulture Sarcogyps calvus)でも91%の減少が報告されました(Cuthbert et al. 2006)。これらの報告もあって、この4種ともが現在ではIUCNによって Critically Endangered もしくは Endangered に指定されています。
これらの急激な個体数減少は、家畜に投与されていたジクロフェナクという薬品が遺棄された家畜の死骸を採食する際にハゲワシ類に取り込まれることが原因であるということが、Gyps属を対象に明らかにされました(Oaks et al. 2004)。2006年にこの薬品が実質禁止となったことで、その後 Gyps属のハゲワシ3種では減少が緩和、もしくは増加に転換したことが報告されました(Prakash et al. 2012)。
一方、同様に減少が観察されたエジプトハゲワシとミミハゲワシでは、ジクロフェナクの悪影響は生理学的にはまだ証明されていません。しかしながら、Gyps属との系統的な近さ、採食ニッチも重なることから、これらの種の減少もジクロフェナクが原因であると推測されています。この論文では、2006年の論文以降に行われたセンサスデータを用いて、この2種の個体数変化がジクロフェナクの禁止以降どのような傾向を示しているのか検証を行いました。解析の結果、エジプトハゲワシとミミハゲワシの両種においても、Gyps属の種と同様に2006年のジクロフェナク禁止以降、個体数の減少が緩和、もしくは増加に転換しているということが明らかとなりました。
一連のハゲワシ類のプロジェクトはRSPBが中心となって現地の研究者と共同して行われていますが、この論文は解析上の問題を指摘された他の雑誌から却下されたため、当研究室の教授も兼任しているリース・グリーンにその時点で声をかけてもらって参加することとなりました。筆頭著者であるRSPBのトビーと直接会って議論することができたのも、RSPBのような保全・研究機関が近くにあることの利点と言えるかもしれません。ジクロフェナクによるハゲワシ類の研究と保全については昨年のSCCSで詳しく話を聞き、種の減少過程解明から保全政策への貢献まで、科学の果たす役割に感銘を受けていたため、このような形で自分も少しでも貢献することができ嬉しく思っています。
ジクロフェナクについては、ヨーロッパでエジプトハゲワシやGyps属のシロエリハゲワシ(Griffon vulture Gyps fulvus)が生息するスペインやイタリアで近年認可されていることが先月大きな話題となりました。科学と政策を効果的にリンクさせることはヨーロッパの保全科学においても最も重要な課題として認知されています。その好例とも言えるジクロフェナクとハゲワシ類の問題については、今後も目が離せません。

エジプトハゲワシ(スペイン・カセレス

乱舞するシロエリハゲワシとエジプトハゲワシ(同上)