DAB

tatsuamano2016-01-24

2016年が明けてもうしばらく経ちますが、改めまして明けましておめでとうございます。
昨年12月初めから、ついに改修が完了した建物に引っ越し、新しいオフィスで過ごしています。この建物は、イギリスではナチュラリストのみならず多くの一般人からも絶大な人気を誇る(そして敬意を集める)ディビッド・アッテンボロー氏にちなんで、David Attenborough Buildingと命名され、Cambridge Conservation Initiative (CCI)に加盟する10の機関で保全科学に携わる500名以上が新たにここを拠点とすることになりました。

ケンブリッジとその周辺には、BTOやRSPB、Birdlife International, IUCN, UNEP-WCMCなど、国内外で生物多様性保全を研究と実践の両面から索引する機関が数多く存在し、それが上記のCCIという枠組みでネットワークを築いていたのですが、これをさらに強化するために、5800万ポンド(98億円!!)をかけてケンブリッジ市街中心に保全科学の新拠点を設立する、という壮大なプロジェクトです。サイエンス誌でも紹介がありました。

かく言う私も、2011年に渡英してしばらくしてこの建物の計画を聞いたときに、それは是非完成するときにここにいて、どんなことが起こるのかこの目で見てみたいと思ったことが、その後5年に渡ってケンブリッジに滞在している大きな動機のひとつでもありました。
完成までの月日を振り返ると懐かしくもあり、

2013年10月、工事が始まる頃の旧建物。ちょうどこの頃、一時的に研究室を移動するため、第一回目の引っ越し

2014年4月、国内で最大という自立式足場に建物全体が囲われる。

2014年12月、さらに布で建物全体が覆われ、内部で工事が進む。

2015年4月、初めての内部視察。オフィススペースはまだがらんどうとしており、足場も残る。

2015年5月、外部の布が取り外され、新しい外壁が見え始める。

2015年9月、外装はほぼ完成。内装の工事が進められる。

2015年10月、二回目の内部視察。デスクも揃えられ、だいぶそれらしい形に。

2015年11月30日、仮住まいだった研究室で荷物をまとめ…

12月1日、ついに新オフィスに引っ越し!

引っ越し当初はまだ他の大学グループや機関からの引越が済んでいなかったため、オフィススペースもお茶を飲むコモンルームも寂しい感じでしたが、年明けまでにはほぼ予定していた全ての人が入居して、活気に満ちあふれた建物となっています。

建物中央は吹き抜けとなっており、植物の植えられた巨大な壁面がそびえ立っています。最上階の屋外スペースにはハチ類のための巣箱も。
このように工事だけでも2年以上かかっており、その間には幾度となく新しいオフィスについてのディスカッションやブレインストーミングが行われ、またオフィス家具の選定などもありました。私が渡英した時に在籍していた博士課程の学生8人は全員めでたく博士号を取得し、この建物に入ることなくケンブリッジを去っていきました。ビルのグループでもこの4~5年で何人が新しく在籍しては去っていったでしょうか…。結局、最初の研究室から計3つのオフィスを渡り歩いてきたのは私を含めて三人のみということになりました。そう考えると、このDABことDavid Attenborough Buildingが完成する過程というのは私にとってもケンブリッジ滞在の日々がそのまま反映されていて、振り返るととても感慨深いです。
さて、そのような月日を経てついに入居したこのDABで何が見えたのでしょうか。もちろんこの建物にいる全ての人がまだ試行錯誤の段階にあるように、このプロジェクトの本当の効果が表れるには少し時間がかかるのかもしれません。ただ、過去数年このプロジェクトを実現させる過程に参加してきて、さらに実際に約2か月をこの新しいビルで過ごしてみて感じるのは、今回完成したこの建物が、自分が渡英してから重要性を学んだ多くのこと、例えば、研究環境における多様性、学際性、科学者・従事者・政策者間コミュニケーション、リーダーシップの発揮、そういった多くのことを目に見える形にした結晶のような環境であるということです。ケンブリッジ保全コミュニティーが上記のようなビジョンや目標を持ち続け、それを究めて形としたのがこの建物なのだなということを実感しています。
例えば、同じ建物の中にRSPBやBirdlifeのような実際の保全活動を進めている機関が入ることで、大学のアカデミクスのみが集う以前の環境に比べて多様性や学際性は一段と高くなりました。もちろん以前から共同研究のミーティングなどで顔を合わせる人は多かったのですが、そういった人たちとお茶の時間や、また階段の踊り場などで、日常的に出会う機会があるというのは確かにお互いの距離を縮め、理解を深めあう効果があると思います。感覚として言うならば、毎日保全関係の学会会場にいる、というような感じでしょうか。
そういった多様な人間関係をさらに促進しようと、入居後は建物全体のメンバーを対象とした親睦会のようなソーシャルイベントが立て続いています。また入居前後で各機関の間での共同研究がどの程度変化するのか、アンケートに基づいた調査も継続されています。
オープンな議論、幅広い人脈形成のために、様々な工夫もされています。例えば研究室のオープンスペース化。教授などを除くほとんどのスペースには明確な区切りがなく、人の出入りが自由になっています。もちろんこれには賛否両論あり、電話などがしづらいという意見も出ているのですが、私自身としては、各人のスペースが広いので思った以上に周囲のことも気になっていません。
コモンルームに人を集めて交流を図るため、コーヒーなどは無料で提供されることが議論の末決められました。本格的なコーヒーマシーンが置かれており、カプチーノやラテからホットチョコレートまで、カフェのようなホットドリンクメニューが自由に手に入ります。そのコモンルームに置くテーブルは、なるべく長いものにすることにこだわったそうです。経験上長いテーブルの方が、たまたま隣に座った他のグループの人と交流がしやすいからということでした。
入居後に行われたワークショップのひとつで、University of Cambridge Conservation Research Instituteのディレクター、バスカ・ビラ氏が言った「私たちが以前のそれぞれのオフィスにいた3カ月前と同じことをしていたのではここに来た意味がない。何か一つでも違うやり方をしていこう。」という言葉が印象に残っています。私もBTOやRSPBの研究者と共に、モデリングについて週一でインフォーマルな議論を行う、その名も「DABスタッツクラブ」というディスカッショングループを始めました。保全科学コミュニティーは統計に詳しい人が少なく、各機関内では込み入ったモデリングの話などをする機会があまりありません。そういった思いを共有していたメンバーが、同じ建物に拠点を置くことで気楽に集まって話ができる、というのはまさにこの建物ができたことによる恩恵だと思います。
この新しいオフィスで過ごす日常で、ふと自分の隣にいるこの人たちも、あの階段を上っているあの人たちも、そこのソファーで話しているこの人たちも、この建物にいる全ての人がコンサベーションに関わっているんだと我に返ったように思い返すと、奮い立つような気持ちと共に、これだけ多くの人たちが一丸となって取り組んでいけば、少しでもいい方向へ何か変えていけるのかもしれないという希望を感じます。
個人的には今年は、渡英してから地道に進めていた水鳥の個体数変化の解析がついに終了し、論文を書き進めています。長期に渡って多くの共同研究者から助けを借りて行ってきたプロジェクトですので、是非満足のいくいい形にまとめたいと思います。