プラスチックストローからのぞく世界の変え方

環境保全という分野に携わっていると、必然的に暗く憂鬱な現実に直面する機会が数多くあります。
世界的な増加が続く二酸化炭素排出量、激減したウナギを消費し続ける人々、歯止めのかからない熱帯雨林の消失等々。どうすればこの「世界」(人間の行動や社会、あるいは世の中そのものの在り方を含みます)を変えられるのでしょうか?そもそも本当に世界を変えることができるのでしょうか?

私がケンブリッジに来てから学んだ最も大きなことのひとつが、ここで保全に関わっている科学者の多くが、世界に本当の変化をもたらすことを最終的な目標として定めている、ということでした(詳しくはこちらを)。もっと真正面から、世界の現状をよりよくしていくための科学を追求していっていいのだと気付かされたときの衝撃は、今でもよく覚えています。

環境保全に関わる科学の最終的な目標が、世界がよりよい方向に動いていく手助けをすることにあるとすれば、この分野の科学者としてはただ世の中にとって重要だと思われる知見を発表するだけで満足しているわけには到底いきません。その重要な科学的知見がその後本当に世の中を変えていけるのか、どうやって変えていけるのか、その道筋だけでも見てみたい、そしてできることならば自分の研究成果もそういった道筋を辿らせたい。自然とそう私自身も強く思うようになりました。とは言え冒頭で述べたように、環境に関するほとんどの問題では、実際のところ世界は頑として動かず、どれだけ自分が研究を進めても真の問題解決には進んでいかないようにすら感じてしまいます。

しかしながらそんな「本当に世界が変わる瞬間」を、ついに今年、自分の目で実際に垣間見ることができたような気がしています。それが、過去1年ほどのプラスチック問題に対するイギリス社会の反応でした。

最近日本でも報道が多くなってきたプラスチック問題に関する一連の動きは、2017年秋冬にBBCで放映されたBlue Planet 2が発端のひとつとなっているのではないかと思います。海洋生態系を対象としたBlue Planetシリーズは、陸域を対象とした本家Planet Earthシリーズと併せてBBCが誇る一大自然ドキュメンタリ―です。今回のBlue Planet 2では、最終話で海洋におけるプラスチック問題を衝撃的な映像とともに正面から取り上げ、ナレータであるDavid Attenborough氏がこの問題への早急な取り組みを切実に訴えました

ちなみにDavid Attenborough氏は、現代のイギリスで最も著名なプレゼンター且つナチュラリストだと言えるかと思います。一般市民・学術関係者を含む多くの人々から絶大な尊敬を集め、ケンブリッジ大の出身ということもあって、Cambridge Conservation Initiativeが拠点とする建物はDavid Attenborough Buildingと名付けられ、内部の学生部屋の一角には誰が持ち込んだのか等身大パネルが据えられているほどです。

イギリスだけでも1千万以上の視聴者がいたとされるBlue Planet 2でのDavid Attenborough氏による訴えは、即座に社会の反応を引き起こしました。

まず翌2018年2月には、放映元のBBCが使い捨てプラスチックの利用を2020年までに禁止することを発表
ほぼ同時期に、エリザベス女王も王室におけるプラスチック利用の削減に取り組むことを発表します
4月になると英国政府も使い捨てプラスチック利用の禁止に動き始めることを宣言
続いて5月にはEUもこの動きに追随します

6月には先進7か国首脳会議(G7)でも海洋プラスチック廃棄物に関する海洋プラスチック憲章が採択されました(日米は署名せず)。

その他にも、ニュージーランドがプラスチック製買い物袋を段階的に廃止することを、ドミニカ国が2019年までにプラスチック・発泡スチロール製の使い捨て食品容器を全面禁止とすることを、それぞれ発表するなど、様々な地域や国でプラスチック問題に対する急速な動きが見られました。

そして私が何より衝撃を受けたのは、これらの動きがかなりの速さで日常生活にも目に見える変化をもたらし始めたことです。
例えばイギリスで人気のあるカジュアルレストランのNando’sでは、すぐにプラスチックストローの配布がなくなりました。


動物園など環境意識の高い施設ではもちろんのこと、他のレストランなどでも、当然のように紙製ストローや植物を原料としたカップや食器が利用されるようになりました。


もちろん大学のカフェなどでも。

駅には新しく給水ポイントが設置され、プラスチックボトルの代わりにアルミ缶のミネラルウォーターが売られるようになりました。また自宅に届く冊子の包装は、すぐにプラスチックから植物原料の素材に変わりました。


既に報道されているように、スターバックスマクドナルドでもプラスチック製ストローの廃止が発表され、より小規模な商業施設や飲食店でも同様の動きが多く見られました。

これら日常生活の中で身をもって経験した変化は、今年の春から夏にかけて起きた本当に急速なもので、まさに世の中が変わっていく様子をまざまざと見せられているようで、衝撃的でした。

個々の変化、例えばプラスチックストローの廃止によるプラスチック問題全体の解消への貢献は、微小なものかもしれません。さらに言えば、プラスチック問題はその他多くの環境問題の、ほんの一部を占めるに過ぎません。それでも今回、これほどの短期間で世の中が本当に変わることがあるのだという事実をこの目で見ることができて、そこに希望の光のようなものを垣間見たように感じています。

こちらではEarth OptimismConservation Optimismという、環境問題の明るいニュースを共有していこうという動きが盛んですが、実のところこれまで私にはいまいちピンとこないものでした。しかし今回社会の変化を体験することで、こういった成功事例を共有していくことの有効性も感じることができました。

ではどのようにして、プラスチックの消費に対する社会の在り方がここまでの短期間で変化することができたのでしょうか?
冒頭ではBBCのドキュメンタリー番組が発端のように書きましたが、実のところこの問題に関わる様々な関係者による努力が結実した結果である、というのが現実なのだと思います。Blue Planet 2放映の前には、海洋廃棄プラスチックに関する科学研究が相当数発表されています(ここで全てレビューはしませんが、例えば海洋廃棄プラスチック量を推定した論文や、海鳥への影響を評価した論文などがあります)。そしてそれら科学的知見をより広い一般市民に普及したBBCDavid Attenborough氏、また政策決定者に訴えかけた保全機関のようなノレッジ・ブローカー、SNSなどを通して社会の変化を訴え続けた市民、さらにそれに応えて実際の政策実現へ動いた政策決定者や民間企業。どのステップが欠けていても今回の変化は起こりえなかったでしょう。

そういった意味で、環境問題に携わる科学者として今回改めて学べたことは、重要な科学的知見を粛々と発表していくこと、そしてその知見を統合して市民や政策関係者に受け渡していくこと、それぞれの努力は、必ずではないにしても本当に世界の変化をもたらし得る、という希望だったと感じています。
そしてその小さな希望は、暗鬱とした山積みの環境問題を前にしても、それに立ち向かって自分の研究を推進していくための、確かな動機となってくれることと思います。