白地図

人とのコミュニケーションについて、渡英してからほど考えさせられていることはこれまでないだろう。
なかなか伝えたいことがうまく伝えられない環境にいると、人との関係がどのように築かれていくのかということにとても敏感になる。人との関係は、日常で交わす些細な言葉と、同じ時間を共有することで築かれていくんだなと。でも不自由な言葉でのコミュニケーションにもがきながら、ほんの少しずつでも相手と信頼関係が築けたと実感できた時は、底抜けに嬉しい。
信頼関係が築かれていくにつれて、その人の国との精神的な距離も近づいていく。ネットの時代とは言ってもヒトの想像にはどうしても限りがあって、遠く離れていれば伝わってこないことも多い。自分にとっても例えばコロンビアやナイジェリアなどは、これまで完全に何の情報もない「白地図」の国だった。それがその国から来ているたったひとりの人間とつながるだけで、途端にその国が色を持ち始める。例えるならば、白地図にひとつずつポッとあかりが灯っていくという感覚。
自分はまだ不自由な言葉にもがきながら、それでもそんな周りの人たちとの交わりの中で、その白地図にひとつずつ、ゆっくりだけど確実に色がつき始めていると感じる。これが国際感覚などという大そうなものだとは思わないし、何かの役にすぐ立つものだとも思わない。ただこの感覚は、ほんの少しだとしてもプラスの力をもっている何かであることは確かであるし、日本でずっと生まれ育ってきた自分にとっては、ただ感じられるだけで嬉しい感覚でもある。
震災直後に海外から連絡を数多くもらった時、自分の存在が彼ら彼女らにとっての日本にも色をつけているんだということを実感した。同じようなことは日本で暮らしていても起きているんだと思う。ただ世界中から人の集まるケンブリッジで過ごしていると、ただただそのスケールが大きくて、いつも圧倒されると同時に先に進んでいきたいという原動力にもなっている。
自分の感情がこんなにも人との関係によって影響を受けるということは最近初めて実感している。人間関係には嬉しさも悲しさももどかしさもあるけれど、そんなことに向き合える環境にいることに感謝したいと思う。