リチャード・プリマック

学部4年で研究の世界に足を踏み入れた時、初めて読んだ教科書というのは今でもとても印象に残っています。
Foraging Theory (Stephens & Krebs 1987)
「動物の観察」がこうやって科学になるのか、と初めて実感した本です。
From Individual Behaviour to Population Ecology (Sutherland 1996)
巡り巡って今、ビルと研究をしているきっかけとなった一冊です。
そして、
保全生物学のすすめ(プリマック・小堀 1997)
保全生物学について勉強したのはこの本が始めでした。その後、小堀さんともお話する機会があり、またフェノロジーの研究を始めたことで、プリマックともカナダで行われたICCBで話をすることができました。そんなリチャード・プリマックが2001年に書いた意見論文を最近偶然発見して、強く共感しました。
Primack R. B. (2001) Publish again in another language. Conservation Biology 15: 290-291.
科学、特に保全生物学における言語の障壁について論じている文章です。彼の主張を簡単にまとめると…

・過去数十年、重要な科学的発展のほとんどは英語で発表されてきた
・英語を使わない国の研究者が直面する葛藤: 英語で発表しないと世界の他の人に研究を知ってもらえず、たとえ最先端の内容でも過小評価される恐れ。英語で発表すると、英語ができない自国の研究者、そして何より学生に伝えられない。
・英語を使わない国での問題: 英語で発表された研究にアクセスできず、自分の研究に関する重要な最近の発展について、理解が十分でないことに気付かないかもしれない。英語以外の言語の雑誌は質の高い最新の研究成果を掲載できないし、教科書も市場が小さいため時代遅れになりがち。学生や研究者の英語レベルはまちまちで、結局は最新の研究成果を載せていない自国語で書かれた教科書や論文を好むことに。
・この問題は、米英の研究者らによって基礎が築かれた保全生物学では特に深刻
生物多様性の損失が最も深刻で保全生物学の教育を必要としている地域は、しばしば英語を話さず英語教育も進められない地域
・解決策のひとつ: 地元の協力者を探して、英語の著作物をその国の言語へ翻訳。地元の著者はその国に特有な観点や事例を追加し共著者となる。

といった内容自体も英語で書かれているという皮肉な状況はひとまず置いておいて…
イギリス人の研究者と話していると、学生から教授陣まで、この「英語の障壁」について真剣に受け止めている人はほとんどいないように感じていました。研究上いろんな国籍の研究者と協力する機会が多いとは言え、相手が英語を話すのが当たり前の世界です。他国語を話す必要性に直面するのは海外に調査に行く時ぐらいだと思いますが、その調査の行く先も実は英語が通じる国が多かったり、そうでなくても地元の英語が話せる研究者が同行したりしています。「英語を話さない国」では英語が学問の障壁になっていることはごく当たり前のことですが、そんな条件の「英語の国」では英語ができないことの弊害を想像することすらあまりしないのかもしれません。
そんな思いが積み重なっていたところだったので、「英語の国」のプリマックがこのような文章を書いていること、また自分がこの分野に足を踏み入れるきっかけのひとつとなった「保全生物学のすすめ」が、そのような考えのもとに出版されたものだったと知り、非常に感銘を受けました。初めて本人と話した時はそれほど話が弾むでもなく、特別な印象は受けなかったのですが、この論文を読んでみて、また機会があったら是非本人の今の考えを聞いてみたいと感じています。
言語やその他の社会的要因が、科学の発展や生物多様性保全を始めとした環境問題の解消にどのような影響を及ぼすのかは、自分の中でも特に強く興味を持っていて今後取組んでいきたいと思っている課題です。その第一歩として、3月の生態学会では以下の発表を行います。
Three major barriers to the understanding of global biodiversity: language, economics and geographical location. Amano, T. & Sutherland, W.J. (Univ. Cambridge)
はい、結局宣伝です…。この発表も英語・日本語どちらで行うべきか葛藤があったのですが、興味を持ってくださった方は聴きに来ていただけると嬉しいです。
また日本自然保護協会の高川君と下記の自由集会も行います。
市民調査のデータを生物多様性の評価・政策決定につなげ!研究者の果たす役割とは
学会前の一時帰国期間中には、台湾と中国からの研究者との共同作業も予定しており、このような課題への取組みも徐々に行っていきたいと考えています。パズルもすっきりと完成し(無地部分かなり苦労しましたが…)、楽しみな2月3月となりそうです。