FarmlandとAgricultural land

tatsuamano2009-01-25

農地の鳥を研究の対象としている自分にとって、「農地」という言葉を”farmland”とするか”agricultural land”とするかはかなり悩ましいところです。
イギリスを始めとするヨーロッパ諸国の研究では、”farmland birds”という言葉が多く使われています。この研究分野で多くの人に自分の研究を知ってもらうには”farmland”を使いたいところですが、西ヨーロッパでのfarmlandのイメージは牧草地や畑地です。”farmland birds”というと、開放地性のスズメ目や一部のシギチドリ類などをイメージするようで、日本の水田を利用する幅広い「農地性鳥類」(ガンカモ類からサギ類、ツル類、シギチドリ類、スズメ目などなど…)にはいまいち適していないような気がします。
では、やはり保全関係の研究が進んでいる北米はどうなのかと言えば、”farmland (birds)”という言葉が使われているのはあまり見たことがありません。農地やその周辺に生息している鳥類は、牧草地や草地ではgrassland birds、水田ではwater birdsなどと記述されることが多いようです。
先週、アメリカはネブラスカから、アメリカの「農地」で鳥の研究を行っている研究者が二人研究室にやってきたため、そんな「農地」観について改めて考えるいい機会となりました。
自分はアメリカには行ったことがないので、ネブラスカと言われても故郷・静岡市の友好都市オマハがあるところ、くらいの認識しか持ち合わせていません。彼らによれば、それは広大な場所のようです。地平線まで続く農地は1マイルごと格子状に区切られ、人家はほとんど見られません(州のほとんどの地域では人口密度が3〜4人/平方キロ)。彼らは渡り途中に農地を利用するBuff-breasted sandpiperや、草地で繁殖するDickcisselなどの草地性鳥類の保全に取り組んでいます。
そんな彼らも”farmland”という言葉は使わず、”agricultural land”や”agricultural landscapes”、”agricultural ecosystems”といった言葉を使っていたので、以前から疑問に思っていたこの言葉の違いについて、彼らとビルに聞いてみる機会がありました。
結論としては、ヨーロッパと北米での「農地」観と歴史の違いに起因しているということのようです。つまり、イギリスや西ヨーロッパでは、遷移初期段階を維持する「農地」とhedgerowなど農業地帯の構成要素が多くの生物の生息地であり、保全の対象となっています。一方、北米では「農地」はあくまで生産の場、保全の対象となるのは原生自然、という意識が根強いそうです。つまり"farmland"は農地とその周辺要素も含む農業景観(農村地帯)、"agricultural land"というと、食糧生産としての農地そのものを指すという感じでしょうか。
西ヨーロッパと北米での「農地」観については、ビルの論文でも紹介されています(Sutherland 2004)。例えば、イギリスの一部地域では3千〜4千年前から森林→農地への改変が行われているそうです。それから農地は国土の70%を占めるまでになり、人々の心象風景となりました。最後の氷期から農業が始まるまでの完新世には自然攪乱による遷移初期地に依存していた生物が、”farmland”に生息地を依存するようになった結果、今では多くの種が農地性生物として認識されています。保全活動は、管理強度が中程度の農地をagri-environmental scheme(農業環境施策)などで維持していくことが中心になります。最近、イギリスでも最古の部類に入るナショナルトラストによる自然保護地域、Wicken Fenを訪れる機会がありましたが、ここでも保全活動の筆頭項目としてヤギやヒツジ、馬・牛による植生管理が挙げられているのは印象的でした。
一方、北米で農業による景観レベルでの土地改変が行われ始めたのは、ずっと最近になってからです。保全活動は原生自然の保護・回復が理想で、「農地」自体での多様性保全は、まだまだ認識が低いとのことでした。特に彼らが、「農地には立ち入る権利がないから・・・」としばしば口にしていたのは印象的でした。日本でも農地は私有地なんでしょうけれども(立ち入って怒られた苦い経験も…)、アメリカではただの私有地という以上に何か無機的な響きを持っているような感じでした。
もっとも情勢は常に変化しています。イギリスを始めとした西ヨーロッパでは、農業環境施策が必ずしも機能していないこともあり(Kleijn & Sutherland 2003; Kleijn et al. 2006)、「北米型」の原生自然・集約化農地の二分化がよりcost-effectiveであるという考えも出てきています。一方でアメリカでも、「農地」そのものにおける生物多様性保全の動きが全くないわけではありません(参照)。
日本ではどうでしょうか?2千年以上前から稲作が始まり、水田の広がる農村が多くの人の心象風景となっていること、二次林と農地の組み合わせからなる里山での生物多様性が注目されていることを考えれば、イギリスにより近く、"farmland"という言葉を使うのは間違いではないかもしれません。
ただ、生物多様性保全(復元・維持)の目標をどこへ持っていけばいいのかは、自分の中で解決できていない、ともすれば逃げてしまいがちな問題でもあります。ヨーロッパと北米での保全観をさらに勉強していくことは、自分の考えを確立する上で重要なステップになるだろうと感じました。
いずれにしてもアメリカも見てみないと、という気になりました。またいつかアメリカの農地にも訪れてみたいと思っています。

Sutherland WJ. 2004. A blueprint for the countryside. Ibis 146 (Supple. 2): 230-238.
Kleijn D. & Sutherland WJ. 2003. How effective are European agri-environment schemes in conserving and promoting biodiversity? Journal of Applied Ecology 40: 947-969.
Kleijn D. et al. 2006. Mixed Biodiversity Benefits of Agri-environment Schemes in Five European Countries. Ecology Letters 9: 243-254.