不安のち満足

tatsuamano2009-03-08

オランダ・ライデン大学の施設、Lorentz(物理学者の方) centerで開かれたワークショップの日程を無事こなして帰ってきました。
「失うものは何もないでしょう」などと書いてみましたが、初めて会う人、しかもその道のプロと5日間英語で議論を交わすという日程に、ホテルに着いたはいいものの正直そのまま帰ってしまいたい気分でした。しかし、無事終えた今振り返ってみると、計り知れない貴重な経験ができたと改めて実感しています。
ワークショップの目的は、動物の「渡り」について基礎・応用両面において理解を深めるため、特に理論(モデル)とデータを如何にして結びつけるかに焦点を置きながら、研究の紹介、問題の議論、新たな研究へのステップを進める、ということにありました。
参加者は、決定論的アプローチの渡り研究者、状態依存・動的モデルの専門家、シギチドリ類研究の大御所、個体ベースモデルの専門家、ウミガメを追跡しまくっている研究者、魚類の移動と分布の研究者、昆虫の移動をレーダーで定量化することに成功した研究者、オーガナイザーとなったオランダ生態学研究所の面々、そして渡りの研究経験は皆無の日本人など…。よくこれだけの人を一週間も呼ぶことができたものだと感心しました。
初日は参加者全員による自己紹介を兼ねた短いプレゼンテーション、2日目から代表者によるプレナリーレクチャーが行われました。プレナリーレクチャーはさすがに興味深い話が凝縮されており、最適渡り理論、Dynamic programming model、Annual routine model、個体ベースモデル、ニューラルネットワークなどモデルの応用について、また鳥類・昆虫類・魚類・ウミガメの渡り実証研究について、数日で全体像を把握できるという何とも贅沢な時間でした。
さらに自分にとってよい経験となったのは、小グループに分かれて2日間行ったグループディスカッションでした。事前に各参加者が提案していたテーマに基づいて5〜6人のグループに分かれ、それぞれの分野で今後どのような研究を進めていくべきか議論するのです。何もない状態から、「次のNature論文は何だと思う?」とみんなでアイデアを出し合いまとめていく過程は、非常に新鮮で刺激的な体験でした。英語での議論には確かに苦労することも多かったのですが、こういった場面で全く貢献できないわけでもないと分かったことは大きな収穫でした。
とはいえ最も大きな収穫は、あまり多くない人数で5日間のワークショップを行ったことで、また研究者ネットワークを広げられたことでしょう。T.ピアズマには進行中の研究について話を聞いてもらう機会があり、今後もアドバイスをもらえそうです。マーセル・クラーセンには、今後彼らが利用しているDynamic programmingについて教えてもらうことになるかもしれません。コハクチョウマガモの採食個体による移動経路を研究していたレイモンド・クラーセンも来ていたのですが、彼は以前マーセルと同じ機関に属して似た分野の研究を行っていたので、僕は完全に二人を同一人物と思っていました。。丁度チュウサギの論文が受理されたところだったので、彼とは採食個体の意思決定研究について話が盛り上がり、今後も連絡を取り合っていけそうです。ウミガメの研究者、グレアム・ヘイズからはNatureに載った海洋生物のレビーフライト論文が、如何にして作り上げられたか聞く機会がありました。
ワークショップの内容自体で印象的だったのは、テーマでもあったモデル(理論)とデータのリンクについての各研究者の考え方でした。ジョン・マクナマラとその一派は、動物の渡りを理解するためには状態依存・動的モデルが不可欠という一貫した主張を持っていました。トマス・アレースタムのグループはシンプルな最適渡り理論に基づいて現象を理解しようという立場(最近ではアラスカ−ニュージーランド間のオオソリハシシギによる渡りなど)、オランダ生態学研究所の面々は動的計画モデルを使いながらも、より実証研究者の立場から動物が持ちうるrule of thumbを探求したいという姿勢を見せていました。状態空間モデルを使っている研究者がいなかったということもあってかベイズモデルの話があまり出なかったのは残念なところでした。実証的な立場からプロセスモデルを適用するためには有効だと思い何度か主張してみたのですが、最適理論研究者には少々「邪道な」アプローチとして、生粋の実証研究者にはまだ取っ付きづらい手法として受け取られているという印象を受けました。
そのような5日間を過ごし、参加前に不安な気持ちに悩まされていたのがうそであるかのように、今は充実した達成感に満たされています。ここで広げたネットワークを今後どう利用していけるかは自分次第であるといえるでしょう。
最終日にはライデンの街中をゆっくりと回る時間にも恵まれ、シーボルトハウス、自然史博物館、運河のある街並みなどを楽しんでオランダ滞在を締めくくりました。

大学の近くではこんなところでミヤコドリやカンムリカイツブリ
ライデンの街並み

シーボルトが持ち帰った標本として何とマガンとチュウサギが並んで展示されてました!