Welcome, superb and splendid

tatsuamano2012-05-19

オーストラリアに2週間滞在してきました。
正確にはキャンベラ、もっと正確に言えばオーストラリア国立大学(ANU)からほとんど出ることはありませんでしたが…。以前より共同研究を計画していたANUのジャネット・ガードナー氏に招かれ、集中的に作業を進めることになったのです。
彼女との共同研究の始まりは、受入れ教官のビルが基調講演を行うためにオーストラリア生態学会に参加した際、偶然彼女と話して僕を紹介してもらったのがきっかけでした。その後共同研究を始め、メール上で何度もやり取りはしていたのですが、彼女の側で正式なプロジェクトが始まったということもあり、今回ついに正式に呼んでもらえることとなりました。
まず何よりも2週間、明確な目的の下にじっくりと議論し、解析して結果を出してさらに議論し、納得のいく形にまとめていくという作業は、とても有意義な時間でした。正直言って作業量も多くて疲れましたが、研究を進めるにあたって直接相手と会うことの利点を改めて実感することができました。より直接的な議論で物事が早く進むということももちろんあるのですが、何よりこれまでメールでしかやりとりのなかった相手と直接話をして、その人となりや研究テーマに対する考えを知るにつれて、彼女との作業を進めて行くためのモチベーションが高まっていくのを感じました。よく人に何かを聞いたり頼んだりするときはメールよりも電話、電話よりも直接会いに行くこと、といったような鉄則を耳にしますが、そうやって相手と直接コミュニケーションすることの重要性を肌で感じたような経験でした。
滞在中は、せっかく遠方まで来たのだから…ということで、ジャネットやビルの後押しもあって、多くの研究者と話をする機会に恵まれました。ANUには行動生態・進化生態学を中心に優秀な研究者が非常に多く、大学に隣接する植物園近辺で25年間にわたる標識調査をベースとしたSuperb fairywren個体群の研究を行っているグループ、近年ANUに移って新しい風を吹き込んでいるハンナ・コッコグループ、オーストラリアの保全生物学では言わずと知れた大御所リンデンマイヤーのグループなど、多くの研究者と食事をしたり、セミナーに参加したり、研究室を紹介してもらったりと、ケンブリッジにいる普段以上に積極的に交流を行うことができました。

Superb fairywrenの標識調査。植物園付近で見る個体はほとんど標識されている。

2週間というそれなりの期間滞在することで、ANUという場所の研究環境についてより多く知ることができたのも貴重な経験でした。まず、ANUには教授陣からポスドクまで非常に優秀な研究者が揃っているという印象を受けました。ヨーロッパ諸国や北米から来ている人も多く、イギリスから飛行機でも丸一日近くかかるオーストラリアの地理的な位置を考えれば、驚異的とも言える国際的な研究環境だと思います。ただ、キャンパスを歩いていると学生にはかなりアジア系(特に中国系)の人が多いという印象を受けたものの、日本人を見ることはほとんどなく、研究上も欧米より近い日本とのつながりはほとんどないというのは少し残念な気もしました。
オーストラリアは当然、ヨーロッパとも北米とも異なる生物が数多く生息しています。これまで他国でほとんど研究されていない種が多いというのは、新しい発見が多い、競争が少ない、といった利点はあるものの、各種の背景となる知識が少なく全て自分で積み上げなければならないというハンディもあると聞きました。そんな特色もあってか、特徴的な種に注目した種ベースの研究が多いという印象も受けました。
また国の経済状態がヨーロッパほど悪くないせいか、大学も予算縮小のあおりを受けていると言いながらも、敷地内で建築中の新しい建物をずいぶん多く見かけました。リンデンマイヤーグループや実験系の研究室など、ほぼ新築の建物にかなりスペースに余裕のある研究室(D論を執筆中の博士課程学生には個室を与えるという研究室まで!)も多々見られました。環境問題全般への意識はそれほど高くない印象を受けましたが、国の研究費獲得の際には気候変動に関する研究が特に高く評価されるため、基礎生態学の研究者でも気候変動絡みの課題に取組む人が多いとのことでした。

先鋭的な建物が多い中…

生態関係はいかにも予算かかっていなさそうな旧式の建物。

滞在の後半には、最近取り組んでいる植物の開花時期変化と分布変化の関係について、学部全体を対象にしたセミナーを行う機会も設けてもらいました。それまでの滞在中に知り合った人にも多く来てもらうことができ、訪問先でのセミナー発表という機会自体も貴重な経験となったのですが、何より今回自分の中で大きかったことは、植物の生態学的研究という自分にとっては全くの新しい分野で、ある程度まとまった時間の話ができたことだったと感じています。自分はこれまで主に鳥類を対象とした研究を行ってきたこともあり、正直植物の生態に明るいとは言えません。今回の発表でも想像以上に植物生態学的な質問を受け、英語以前に内容の部分でしどろもどろになる経験をしました。しかしながら、不思議とセミナーを終えた時に感じたことは、うまく答えられなかった悔しさよりも、自分の知らなかった新しい分野で質問をしてもらえた、議論になったという嬉しさでした。幅広く様々な課題に取組む研究スタンスには長所・短所ともにあると思いますが、こうやってこれまでの自分では全く触れることもなかったような新しい世界のことを考えられる、そこに関われる、という利点は大きく、自分にとっても強いモチベーションにつながるものだと感じました。
今回はずっとキャンベラに滞在していたため、オーストラリアの他の都市を訪れる機会はありませんでしたが、予想以上に寒かった点を除けば、キャンベラはとても住みやすい都市だなと感じました。今住んでいるイギリスと文化や生活慣習の点で似ているところが多いこともそう感じた一因かもしれません。また何よりも、見る鳥見る鳥全て新種(笑)なのはすごかった…。こうやって本当に多様な生物を目の当たりにすると、純粋に生物地理や進化への興味が掻き立てられるんだなと実感しました。
大学構内に色鮮やかな鳥が多い(Galah, Crimson rosella)

朝気付いたらベランダに我が物顔で…(Sulphur-crested cockatoo)

ミツスイの仲間が非常に多く興味深い(Red wattlebird)

水鳥も見慣れない顔ばかり…(Black-fronted dotterel, Masked lapwing)

Australasian darter, Australian water dragon

研究室で作業していて夕方になると、採食地からSulphur-crested cockatooやGalahが群れをなして騒がしく大学に戻ってくるのが、何だか異国感あふれていてとても印象的でした。
人も鳥も、ビールもワインも(食べ物はちょっと…)、とても印象のいいところでした。旅先を去るときにはいつも、自分の人生でもう一度ここに戻ってくることはあるんだろうか、と少し寂しく思ってしまうのですが、せっかくこうやってできた縁です。また共同研究に精を出して、戻ってこれたらいいなと思っています。