4つの障壁

新しい論文が出版となりました。
Amano, T. and Sutherland, W.J. (in press) Four barriers to the global understanding of biodiversity conservation: wealth, language, geographical location and security. Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences.
この内容は丁度去年の生態学会で発表したものですので、結局出版されるまで丸一年かかってしまいましたが、特にこれまでの自分の研究キャリアや渡英してからの研究生活で感じてきたことをひとつの形にできたので、とても嬉しく思っています。
マクロスケールでの研究に興味を持って自分でも大規模データを解析するようになってから、欧米とのデータ量の差を実感させられるようになりました。例えば、英国米国での全国繁殖鳥調査、ヨーロッパ全域での鳥類モニタリングなどで蓄積されているデータやそれに基づく研究の厚みにはいつも圧倒されていました。
2008年に渡英してこちらの研究環境を体験しているうちに、そんな情報量の格差や科学の発展に2つの要因が影響を及ぼしているのではないかと感じるようになりました。まずは各国の地理的な位置関係です。ヨーロッパ諸国の間では学生、ポスドク、ビジターが頻繁に行き来しています。実際自分でもいくつかの国を訪れてみて、地理的な近さ(時間もかからず旅費も安い)が盛んな研究交流の一因であると実感しました。
一方、当時発表された論文のこの図を見た時にとても興味を掻き立てられました。
Collen et al (2009) Conserv Biol 23: 317-327
この図は、全世界の脊椎動物の個体数変化を表した指数、Living Planet Index(2010年目標の検証にも利用されています)の算出に利用されたデータの位置を示しています。欧米に多くのデータがあるのは想定していましたが、南東アフリカの国、ケニアタンザニアザンビアジンバブエなど、そしてインドにも多くのデータがあるのは衝撃でした。
いろいろと思いを巡らせた末に見つけた図がこの図です。
Wikipedia
南東アフリカや西アフリカの国々、インド、カリブ海の国など、緑で示された国がデータの多い国とよく重なっているのがわかると思います。この地図は、英語が公用語もしくは主要な言語となっている国を示しています。改めて考えてみると、研究室からアフリカに調査に行っている学生やポスドクも、その行き先はガーナやケニアタンザニアなど、英語が話せる国が中心でした。同じアフリカの国でも、そこで話されている言語によって得られている情報には大きな差があるのかもしれないと思ったのです。考えてみれば当たり前のことなのですが、研究室の同僚に尋ねてみても2つ目の図が何を示しているか分かる人はほとんどおらず、英語圏の人にとっては案外盲点なのかもしれないと感じました。
そこで2011年に再渡英して最初に、ずっとやりたかったこのテーマについて本格的な解析を始めました。
全球規模で偏りなく生物多様性データを収集することは、ホットスポットの特定や愛知目標の検証など、国際的な生物多様性保全研究において重要な役割を果たします。これらの研究で利用されているデータが偏りなく全球をカバーできているのか、もしできていないのならその原因は何なのか、それらを理解することの重要性は言うまでもないでしょう。
そこでまず、Global Biodiversity Information Facility, Global Population Dynamics Database, MoveBank, Euring Databaseという4つの生物多様性データベースに注目しました。
これらのデータベースは、それぞれ生物の空間分布、個体数変化、行動、個体群動態パラメータという、生物多様性保全で重要となる4つの異なるデータを対象としています。これらのデータベースに収容されたデータ数をまず国別に整理して図示すると、

どのデータベースも似たような分布を示していることが分かると思います。北米、ヨーロッパにデータが多いほか、パナマエクアドルケニアタンザニア、ガーナ、イスラエルなど、その他の地域にも複数のデータベースに共通して多くのデータを提供している国があることが分かります。
生物多様性情報の地理的な偏りはこれまでの研究でも多く報告されていますが、そのほとんどは温帯vs熱帯(これはすなわち欧米vsその他なのですが)という比較に基づいて、熱帯での情報不足を主張しているのみでした。しかし、明らかに熱帯の国間、そして温帯の国間でも全球規模のデータベースに収容されているデータ量に大きな差があるのです。
次に、このデータの空間的偏りを説明する要因として、英語人口の割合、データベースを管理する国からの距離(地理的位置)、という二つの要因に加え、各国の一人あたりGDP、Global Peace Indexという要因に注目しました。Global Peace Indexというのは治安や政情不安など23の指標に基づいて各国の「平和度」を表した指数です。
これらの変数と各国の面積当たりデータ数を比較してみると、

4つのデータベースでほぼ傾向は同じで、経済的に豊か、英語人口が多い、データベースを管理する国に近い、治安がよい、という条件の国で特にデータが多いことが分かりました(白丸は熱帯の国)。もちろんこれら4つの要因は相互にある程度相関しているのですが、hierarchical partitioningで各変数の説明力を比較したところ、どの変数も独立に同程度の説明力を持っていることが分かりました。
これまでの研究では、生物多様性情報の量が経済的な豊かさと相関しており、その結果、生物の多様な熱帯の発展途上国で特に情報が少ないことばかりが注目されていました。それは確かに事実なのですが、今回の研究では、国の言語や地理的位置、治安状態も経済状態と同程度に大きな影響を持っていることが分かったのです。
この研究のひとつの欠点は、対象としたデータベースにデータを提供していない国が、本当にデータがないのか、単にコミュニケーション不足から貢献できていないのか、区別がつかないという点です。例えば日本では後者に当てはまる状況が多いのではないかと思います。学問が発達していても、英語をあまり話さない、欧米から地理的に遠い、という日本の条件は、国際的な研究活動に参加する際に大きな障壁となっていると言えるでしょう。この論文が一つ前の雑誌で却下された際、査読者が「今の時代、データはインターネットで届けられるのだから、地理的障壁はあり得ないでしょう!」と自信満々に言い放っていました。しかし、インターネット上での交流でもよほどの努力をしない限り、地理的に近い者同士での交流に偏ってしまうことは、フェイスブック上における交流を示したこの図を見れば明らかです。こちらで英語による障壁の大きさが案外理解されていないのと同様に、この恐らく欧米の査読者には、日本人なら誰でも実感できることが分からなかったのでしょう!(恨)
この研究から日本に関してもうひとつ言えることは、アジア・オセアニア地域における国際研究活動のイニシアティブについてです。欧米から遠く、英語人口も少ないこの地域における国際研究活動は、この地域に属する日本を始めとした「生態学先進国」が積極的に主導権を取って推進していくことで、より効率的な情報収集、そしてそれに基づいた生物多様性保全につながっていくのではないかと思います。
そんなことで、この研究ではこちらで研究してきて感じたことを形にし、そしてそれに基づいて日本の研究が果たすべき役割についても考えることができ、本当にいい機会となりました。まだまだこれに関連した研究はできると思います。今後も自分の研究の一部として続けていきたい課題のひとつです。