イギリスと給餌

こちらでも紅葉の時期となりました。とはいえ鮮やかな赤い葉の木はほとんどないので黄葉ですね。

また、引っ越してから研究室が5階となったため、夕陽や鳥を見る機会が増えました。キセキレイが大学の屋上に居ついていること、ハヤブサがキングスカレッジ礼拝堂の上によくとまっていること、ハイタカも時々見られることなど、2階にいた時には分からなかった新事実が続々と…。

先週はPart IBと呼ばれる学部2年生のフィールドトリップに帯同させてもらう機会がありました。講義「保全科学」の一環としてのもので、担当がビルということで手伝いを兼ねての参加です。トリップと言っても、ケンブリッジ近郊にあるWWT Welney Wetland Centreへ半日で行って帰ってくるという簡単なものでした。
学生の参加は任意とのことでしたが、20〜30人ほどが集まり、バスで移動します。この観察センターはOuse Washesという湿地帯に隣接しています。この地域は、水害防止のため2本の水路の間の低地を30kmにもわたって冬期湛水するため、ガンカモやシギチの生息地となっており、ラムサール条約にも登録されているそうです。
一帯は元々Fenと呼ばれる湿地だった土地を農地にしており、この地域に入った途端に車道がぐねぐねと上下に湾曲を始め、美唄の道路を思い出しました。センターに近づくとビルが学生に向かってスケジュールを簡単に説明し、滞在中にこの地域がなぜ重要なのか、どう重要なのか考えてほしい、とだけ伝え、一同バスを降りセンターに向かいました。
センターではレンジャーの方が一通りの説明をしてくれます。土地の性質、渡来する鳥類種、オオハクチョウアイスランドからひとっ飛びにやってくる一方、コハクチョウはロシアから飛び石状の渡りを行ってくること。ホシハジロはほとんどオスしかいない、等々。
簡単な説明が終わると、後はスコープと双眼鏡を渡して1時間半ほどの自由時間です。メインの観察所からは、オオ・コ・コブハクチョウ、ハイイロ・カナダガンマガモホシハジロハシビロガモオグロシギエリマキシギ、アカアシシギ、タシギなどが見られました。

そして何とこのセンターでは、毎日のメインイベントとして餌付けをしているのです…!

以前もこのブログでイギリスにおける給餌の認識について取り上げたのですが、こういったリザーブでも給餌が続けられていることは初めて知りました。今回はビルにも少し聞いてみたのですが、餌付け禁止の動きは特にないと思うとのことでした。さらに興味深いことに、ビルが帰りの車内で給餌することのリスクや利点などを学生に問うと、給餌への依存や感染症、水質悪化など、多くの学生はそのリスクを正確に理解しているのにも関わらず、「給餌は禁止すべきか?」という問いに約2/3の学生は「禁止しなくてもよい」という回答をしているのには驚きました。
イギリスでは以前ブログで紹介してからも、給餌の実態や鳥類に及ぼす影響などについていくつもの研究が出版されています。例えば、越冬期の給餌がアオガラの繁殖成功を低下させる (Plummer et al 2013)、イギリスでは64%の家庭が給餌を行い、年齢が高く、年収の低い家庭ほど給餌を行う割合が高い (Davies et al 2012)等々。
さらに、2005年におこったアオカワラヒワやズアオアトリの急激な個体数減少は、ハト類を起源とした感染症(ハトトリコモナス: Trichomonas gallinae)が原因であると特定され、その感染経路として一般家庭の餌台が有力視されています (Robinson et al 2010, Lawson et al 2012)。
こういった事実が明らかになっているのにも関わらず、鳥類への給餌は自粛しましょうという方向になかなか話が進んでいかないところに、生物や自然に対して意識の高いこの国における給餌という問題の複雑さがよく表されているのだと思います。様々な人と話をする中で感じるのですが、給餌が鳥類にもたらすリスクは理解されながらも、研究者レベルにおいてすらそれを鳥類保全の一環として認識している人もいるようです。日本では市民レベルで給餌自粛が進んだ背景には鳥インフルエンザの問題があったと思いますが、それ以前も研究者で給餌に賛成する人というのはほとんどいなかったように思います。イギリスで研究者レベルでの給餌に対するこの認識を形成しているのは、庭のbird feederを通して鳥類の世界に触れてきたという文化的背景なのでしょうか。
研究者や政府はもちろんのこと、一般市民の環境や自然に対する意識や態度が国によってどのように異なっているのか、その要因は何なのか。これらを理解することで、社会レベルで環境や生物多様性保全を推進していくために示唆を得ることができるかもしれません。以前から興味を持っているこの問題については、今後も考え続けていきたいと思っています。