開花時期を早めるか、それとも分布域を変化させるか

新しい論文が出版となりました。
Amano, T., Freckleton, R.P., Queenborough, S.A., Doxford, S.W., Smithers, R.J., Sparks, T.H. and Sutherland, W.J. (2014) Links between plant species’ spatial and temporal responses to a warming climate. Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences 281: 20133017.
イギリスの植物開花時期データを用いた研究は2009年から行っていますが、2010年の一本目以来4年ぶりに論文を出すことができ、嬉しく思っています。
今回の論文で検証した仮説は、「気温上昇に対して開花時期を十分に早められている種では、分布の北上が起きていないのではないか」というものでした。
近年の気温上昇に伴う分布域の変化程度は種によって異なり、その原因としては種による分散能力の違いや生息地の連結性など多くの要因が挙げられてきました。今回の研究では、生物によるもう一つのよく知られた反応、フェノロジーの変化が、分布域変化の種による違いを説明するのではないかと考えました。フェノロジーの変化も分布域の変化も、気候が変化した際に生物が気候ニッチ(生息時空間の気候条件)を維持しようとする「気候ニッチの保守性」によって起こると考えられます。それならばその両者には相補的な関係、つまりフェノロジーの変化で気候ニッチを維持していれば分布域変化では維持しておらず、フェノロジーの変化で気候ニッチが維持できなければ分布域変化によって維持しているという関係、があるのではないかと考えました。
2010年の論文では、歴史的な市民調査データを用いてイギリスの植物405種について、開花時期の変化を定量化することができました。今回の論文では、Atlas of the British & Irish Floraに基づいてDoxford & Freckleton (2012)が整備した過去2時期の分布域データを合わせて利用することで、300種近い種について、過去数十年の開花日変化、分布域変化、そしてそれぞれの反応によってどの程度気候ニッチが維持されているのかを定量化し、比較することができました。
その結果分かったのは以下のようなことです。まず、多年生の植物や、気温に対する開花日の反応(1℃の上昇に対して開花日がどれだけ早まるか)が弱い種、そして気温に対する開花日の反応に時間的ラグがある種(6月の開花日が2月の気温に影響されるなど)で特に、過去数十年の間に開花時期の平均気温が上昇していました。つまりこれらの種は、上昇する気温に開花日の変化だけでは十分に対応できなかった(気候ニッチを維持できなかった)と言えます。次に、開花日の変化だけでは気候ニッチを維持できなかったこれらの種は、特に分布域(平均緯度と分布の南端)が北上していることが示されました。この傾向は特に一年生の種で強く見られました。最後にこの結果として、特に一年生の種は開花日変化と分布変化少なくともどちらかの反応によって、気温が上昇している近年においても気候ニッチを維持しており、つまり気候ニッチを維持するためのこの二つの反応は相補的な関係にある、ということが分かりました。
例えば、Rue-leaved Saxifrage (Saxifraga tridactylites)という一年生種では、過去50年で開花日が約11日早まり(下図)、その結果開花時期の気温はあまり変化しませんでした(開花日変化による気候ニッチの保守)。

そしておそらくその結果として、この種の分布域は同時期に北上しておらず、平均緯度はむしろ0.07度南下していました。

青:1987-99年に新たに記録(新規定着)、赤:1930-60年のみに記録(地域絶滅)、黒:両時期に記録された地点
一方、Blue Fleabane (Erigeron acer) という同じく一年生の種は、過去50年の間に約3日しか開花日は早くなっておらず、結果として開花時期の気温は有意に上昇していました。

そして恐らくその結果、この種の分布域の平均緯度は同時期に0.13度北上していました。

正直言って、今回確認された時間的反応と空間的反応の相補性はあまり強い関係ではありませんでした。ただこれはあらかじめ予期していたことでもありました。例えば、開花時期の気温はもちろん植物の適応度を決定する唯一の要因ではありません。分布域の変化にもこれまで知られてきたように様々な要因が影響を及ぼします。今回用いたデータも完璧なものであるとは言えないでしょう。しかしながら、その中でもフェノロジー変化と分布域変化がリンクしているかもしれないという可能性を示せたことが、今回の論文の新規性であると考えています。
フェノロジーの変化と分布域変化は、生物が気候変動に対して示す反応として、最もよく知られてきた二つの現象ですが、これまで同時に考慮されることはほとんどありませんでした。今後は、気候ニッチの保守性という同じ枠組みでこの二つの現象を捉えることで、気候変動に対する複雑な生物の応答を、よりよく理解することにつながるのではないかと思います。
この論文は言うまでもなく、イギリス全土、300種近くを対象とした過去数十年に渡る開花日変化と分布域変化という、極めて貴重なデータが存在しないことには実現不可能な内容でした。その点では、1700年台からフェノロジーデータの蓄積があるイギリス植物学の歴史、そして近年のデータ蓄積に多大な貢献を果たしている市民調査、さらにはそれら蓄積されたデータを科学研究のために使いやすい形で整備しているNature’s Calendar, National Biodiversity Network Gatewayに関わっている方々の貢献によって、今回のような新しい仮説が検証できたと言えます。
こうやって出版後に文章をまとめると仮説検証型のとてもスマートな研究のように見えますが、実のところこの研究は、「405種で開花日変化が定量化できた。次はこれを使って何かできないだろうか?」という4年前の曖昧な動機が始まりでした。その後、ビルを始めとした共同研究者とアイディアを出し合ったり、それに基づいて解析してみたり、思っていたような結果が全く出なかったり、ということを繰り返すうちに、ついにたどり着いたのが今回の仮説でした。査読の過程でも編集者と査読者から建設的な意見をもらい、第二稿で論理構成をかなり向上させることができました。これらの過程では心が折れかかって他のプロジェクトに目移りすることも多々ありましたが、それでも周囲の人に助けられながら諦めずにやってきた甲斐があったと思います。
実は今回の論文で明らかになった、多くの英国植物の開花時期に影響する重要な要因とは、奇しくも現在、つまり2月の気温でした。今年のイギリスは暖冬で暖かい日が続いています。先週あたりからケンブリッジのあちこちでもスノードロップなど早い時期の花が見られるようになってきました。いよいよやってくる(恐らく例年より早い)春が待ち遠しい限りです。