新年

2015年が始まりました。こちらでは冬は学期の中間で、1年の区切りという感覚はあまりないのですが、やはり日本人にとって年末年始の特別さはちょっとやそっとでは薄れないものです。
昨年一年を振り返ると、自分がどのような研究者で何を目指していきたいか、これまでになく考えさせられる機会の多い一年だったように思います。これまでは興味に基づいてできることは何でも経験と思ってやってきました。その結果、それなりにいい研究もできるようになってきたと思います。海外での生活も計4年半となり、一通りいろいろなことを経験してこちらの研究環境にもすっかり慣れました。一方で、中盤に差し掛かっている自分のキャリアと自分が目指す研究者像を考えると、本当の意味で自分の研究を通して科学や社会に貢献するために、まだまだできていないことが多いと感じています。こちらに来てから著名な研究者と接する機会も多いのですが、やはり本当に輝いて見えるのは、そういった影響力や発信力を持っている人のような気がします。
そう考えた際にまず感じるのは、本当に生物多様性保全の役に立つ研究をしていきたいということです。自分のバックグラウンドは生態学であって、もちろん未だに新しい現象やパターンを発見することに知的興奮は覚えるのですが、今はこれまでになく役に立つ研究がしたいと思っています。
学部生の頃から応用生態学保全生物学といった応用分野を自分の専門として研究をやってきましたが、どれだけ自分がこの分野の研究をしても本当の役には立てないのではないかということは、認めたくないながらもどこかで常に薄々感じていました。もっと具体的に言うならば、研究と実践、研究者と現場の間のギャップをずっと感じていました。イギリスに研究の拠点を移してから、生物多様性保全という学問の最前線でやっている人たちはそこをどう感じているのだろうと、興味をもって観察してきました。そしてこの4年間で、こちらの人たちもこのギャップには未だに苦悩していて、それでも真剣に真正面から取り組もうとしているということが見えてきたように思います。
例えば、research-implementation gapという問題があります。Knight et al 2008のタイトルにもあるように、まさにknowing but not doingという、得られている科学的知見と実際に行われていることにギャップがあるという問題です。
この論文が発表されてから7年が経つことになりますが、research-implementation gapは未だに多くの場面で議論される課題であります。Science-policy gapという言葉も似た文脈で使われますが、こちらは政策決定に対して科学が使われないジレンマを示しています。イギリスで言えば最近は、牛結核(bovine tuberculosis)の拡大を防ぐためにアナグマを駆除するという政策が科学的根拠に基づいていないとして、このscience-policy gapの典型的な例として知られています。同じgapという言葉では、information gapという問題もあります。そもそも保全のために得られている知見に事象や分類群、地域間で格差があり、多くの場面で科学的根拠を利用することができないという問題です。これはイギリスというよりも日本での方が大きな問題と言えるかもしれません。
こういった問題に正面から取り組もうとしているのが今の研究室ではビルやその共同研究者のグループです。詳しく知りたい方は最近のTREEに出た総説を是非読んでほしいと思います。現在の保全科学はどこまでできていて、何が足りなくて、その解決のためには何を目指していくべきなのか、明確に述べられています。
一方、もうひとつ私が身近で見ることのできている例は、食糧生産と環境保全の両立という問題です。農業と生物多様性保全という課題は、もはや古典的とも言えるような長らく注目されている分野ですが、世界の増加する人口や多様化する嗜好に見合う食料を生産しながら、環境に対するインパクトを考慮するという一見相反する問題は、誰もが目を逸らしたくなるような深刻な問題であります。この問題に真正面から取り組もうとしているのがアンドリュー・バームフォードとそのグループです。私が感じる彼のすごいところは、land sparing/sharingという概念を発展させたことだけでなく、この目を逸らしたくなるような問題に正面から取り組み、具体的な解決策を提示しようとしている姿勢です。Sparing/sharingという比較そのものはもちろん簡単に白黒はっきりさせられるものではないのですが、彼は今後も確実にこの問題解決のために先頭を走り続けるのだと感じています。
そんな人たちの取組みを間近で見られていることに加え、もうひとつ、役に立つ研究をしたいと切実に思うようになった理由として、自分が日本から来ているということもあるのかもしれません。日本の生活の豊かさ、便利さを支える環境へのインパクト、そして保全科学としての海外への貢献の少なさ、一方で東洋人だからこそこういった問題に対して何か違ったアプローチを生み出せるのではないかという希望にも近い想い。こちらに来ることでこういったことを考えるようになるとは想像していなかったのですが、それはより高い研究レベルの環境に身を置くという自明な利点以上に、保全科学者として得られた恩恵だと今は思います。
「役に立つ」研究、というのは何かと議論の的となりがちでもあります。科学は実利ばかり追求するべきなのか、基礎研究をもっと重要視しなければならないのではないか、等々。ただしかし、自分のような保全に携わっている研究者が、もっと真正面から役に立つ研究を志さなくてどうするんだ、とも最近よく思います。これまでのキャリアの中で自分の専門を何と言えばいいのか適切な言葉が見つからず、ずっと悶々としていたのですが、今では「保全科学」です、とはっきり言えると思います。私の中で保全科学とは、生物多様性や生態系サービスの保全という問題のために、アプローチは問わず科学的な研究を行う学問です。
というわけで今年もまた一年、保全科学者として新たな気持ちで様々なことにチャレンジしていきたいと思っています。皆様どうぞよろしくお願いいたします。