モデリングとアイデンティティ

tatsuamano2011-12-30

人のすっかりいなくなった研究室に出るのは23日を最後とし、その後はのんびりしながら自宅でぼちぼちとやっています。忙しい研究者はこのクリスマス後の時期が残務をこなすための時間となっているようで、ぽつぽつと論文原稿へのコメントをもらったりもしています。
この時期に読む本のことをクリスマス・リーディングなどと言ったりしますが、自分もせっかく時間があるということで…クリスマス・パズルをすることとしました(笑)
本屋でたまたま見つけて一目ぼれしたCharley Harperという画家の絵なのですが、久しぶりにパズルやりました。鳥の部分はそれはもう熱中して完成させたのですが、周辺の無地部分のみが今は残っています。久しぶりすぎて、ここをどうやって完成させたらいいのか分からない…
自分の分野のクリスマス・リーディングの一貫としては、Philosophical Transactions Bの新しい号に出ていたPredictive Ecologyの特集論文を読み進めています。
つい最近まで、「どんな研究をやっているのですか?」と聞かれてもうまく簡潔に答えられずにいたのですが、今回渡英してからは、「応用問題を対象としたエコロジカルモデリングに取組んでいて、今は〜のようなことをやっています」と答えるようにしています。
以前は、自分がモデリングを専門としています、なんて言っていいものだろうかと恥や外聞ばかりが気になって、今のようには言えなかったのですが、最近ようやくそんなことではいかんだろうと思えるようになりました。自分の技術や考えはまだまだ未熟ですが、モデリングを用いて生物多様性保全に貢献していきたいという目標は確かなものとしてあるわけで、それを正面から見据えて周りにも伝えていこうと考えられるようになりました。
ちょうど昨日改訂稿を投稿した宮地賞受賞を受けての総説では、そのエコロジカルモデリングを用いて応用問題にどう取り組むかをテーマに書いています。遅れに遅れてしまった最初の投稿原稿へ査読者からコメントをもらい、それを受けて改めて様々なモデリングに関する論文を読み漁り、かなり改訂を行いました。
基本的な構成としては、情報が多い局所・短期スケールの事象を対象とした機構論モデルと、限られた情報しか得られないマクロ・長期スケールの事象を対象とした統計モデル、そして両者の短所(得られる情報に制限される機構論モデルとプロセスを組み込むのが難しい統計モデル)を克服し、従来型の機構論モデルと統計モデルの境界を崩しつつある新たなモデリング技術の発展、といった感じです。対象とするスケール、得られる情報、利用できるスキル、モデリングの目的、課題の緊急性など、様々な条件によってベストなモデリングの手法は異なり、特に応用問題の場合には全てのタイプのモデルを念頭に入れ、取捨選択していく必要があると考えています。
その原稿をいざ再投稿、というところへこの特集号に行きあたったため、どんなことが書かれているんだろうという興味半分、もう似たようなことが(しかもより明快に)まとめられているかもという不安半分で読み進めました。
Evans (2012) では、環境変化が生物に与える影響を理解・予測するためのモデリングアプロ−チとして、数理モデル、(相関ベース)統計モデルの問題点を指摘したうえで、機構論モデル、特に著者らが’systems approach’と呼んでいる、階層的なレベル(個体、個体群、群集、生態系)間での相互作用と創発特性を考慮した包括的なアプローチが重要、という主張を行っています。Norris (2012) とBenton (2012) も企画者なので、同じような色合いの論調です。
この辺りまでを読んで、少々残念だなと感じました。利用できる情報の量や種類がモデリングに与える制限について、あまり真剣に議論されていないと感じたためです。先述の3本でも、「機構論モデルは比較的多くの情報を必要とする」、とまでは記述されているのですが、「今の時代は技術の発展によって利用できる情報も飛躍的に増えている」という感じに片付けられています。「これまでの生物多様性科学は主に回顧的であったため、systems approachはあまり用いられてこなかった」という記述もNorris (2012)にありますが、必ずしも視点の問題だけではなく、情報がないのでしたくてもできなかった、という状況は地域や対象とする系によって必ずあるはずです。自分もそういった歯がゆさを感じた場面はこれまで数多くありました。これらの論文を読んでいると、情報・データに恵まれている西ヨーロッパの研究者には、情報が圧倒的に足りていない他地域の現状が分からないのではと疑ってしまいたくもなります。
その点、Orzack (2012) の文章にはとても共感できました。彼は、多くの生物学者が機構論モデルを手放しで礼賛する現状に疑問を投げかけ、モデルは所詮ブラックボックスを含むものなのだから、どんなモデルでもあのプロセスこのプロセスが含まれていないからとやみくもに退けるべきではなく、むしろそのブラックボックスをどこでいつ使うべきか慎重に考え、その結果としてのモデルのパフォーマンスをしっかり評価して重視すべきだ、と主張しています。自分の総説を書いている中でも、先述したように、最近は従来の機構論モデルと統計モデルの境界は崩れつつあるなと感じていたところだったので、統計(現象論)モデルから機構論モデルをブラックボックスの位置・量の違いだけでシームレスに捉えたOrzackの主張には、はっとさせられる思いでした。
Orzackは、1966年にAmerican ScientistsにLevinsが発表した有名なモデリングについての論文に対して、いくつかの論文で反論を行っています。Levinsによる主張のひとつは、モデリングには一般性(generality)と現実性(realism)、正確性(precision)の三要素があり、それぞれがトレードオフの関係にあるため、どのようなモデルもどれか一つの要素を犠牲にしなければならない、というものです。これに対するOrzackの主張は、一言で表せば「そんなことない」というものです。個人的にはこの論争自体はあまりこだわるところではないのかなと感じたりしているのですが、そんなことを言うと「モデル哲学がない」と怒られてしまいそうな真剣な議論です。モデル哲学に関する文章は数多くあると思いますが、私にとってはこの二人の論文は、少々難解な部分もあるものの、大変勉強になったのでお勧めです。
そんなこんなで、情報がない中でどのようにモデリングを応用に役立てるかという課題について、この特集でもう少し注目してほしかったという感想を持ちました。限られた情報から機構論モデルを構築するためには、ベイズやANNなどの統計アプローチ、さらに、Hartig et al (2011) Ecol Lett やBeaumont (2010) Annu Rev Ecol Evol S, Csillery 2010 Trends Ecol EvolでレビューされているようなBayesian calibration, Approximate Bayesian Computationといったパラメータ推定法が、今後ますます重要な役割を担うのは間違いないと思います。が、これらの手法はこの特集号ではSmith et al (2012) など少数の論文で利用されているに留まっています。
振り返って見ると日本では、2009年の生態学会誌(59巻)でベイズ推定を利用した機構論モデルのパラメータ化が多く紹介されていて、日本の若手生態モデラーは優秀だなと改めて感じました。もともと相対的に見て日本人はモデリングの能力が高いと思うので、生態学保全生物学でのこの分野は、日本人が世界で先端的な研究を行っていける注目分野のひとつだと思います。
と、そんなこんな、頭の中で渦巻いてきた考えや思いがうまく言葉として総説にまとめられているといいのですが…年内という目標通り、原稿は先日えいっと再投稿し、いよいよ仕事納めです。今年は一大決心をして新しい環境に移り、いくつかいい論文もまとめることができ、最後に自分が取組んでいくべき分野について考えをめぐらせることもでき、多くの新たな出会いもあって個人的には大変いい一年となりました。もちろん日本全体のことを考えれば、逆の意味で忘れられない重い一年であったことは忘れるべくもありません。
来年もきっといい一年になると前を向いて、新しい年を迎えたいと思います。
今年も多くの方にお世話になり、誠にありがとうございました。皆さまどうぞよいお年を。